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 さっきから、窓にたたきつけるような雨粒が降っていた。風の音もすごい。
 どう考えても、高速は速度規制中。下手すると、移動途中で雪に変わって、通行止めになりそうだ。そもそも、この天気に大阪からバイクで200キロ移動しようとする人間はいないだろう。二輪車で濡れた路面を高速走行するのは、慣れた人間でもかなり恐ろしい。

 朝7時。まだ寝てるかもしれないな、と思いながら、携帯電話を開いた。
『おはよう、ジン』
 電波にのって届いた声は、予想外にしゃきっとしていた。寝起きではない。
「おはよー、かなる。もう起きてたんや?」
『起きてるよー。天気、悪いね』
「うん、こっちはすごい雨やで。風もえらい強いわ」
 少し、二人の会話に間ができた。今日は行けない、それを言うだけの電話なのに。新幹線なら行けるか? そんな考えが一瞬頭をよぎった。
「これじゃあ、今日は来れないね」
 ふふ、と笑う声に、先に言われてしまった。
 かなるとは、二週間前に十年ぶりぐらいに再会して、先週も日曜日に会いに行った。ツーリングついでに顔を出すなんて口実は、自分でも馬鹿らしいとわかっている。
 男と別れて元気のない彼女を励まそうと、冗談まじりに『どうせ暇なんやろ、来週も来ぉか?』と言ったら、すごく素直に「本当に?」と微笑まれてしまったのだ。あれがとどめだった。
 どうしても、かなるを抱きしめたくなった。行動はしなかったが、自覚した。俺はこの女にものすごい勢いで惹かれてる。というより、惚れている。それは恋人の存在を忘れるくらいで。
 だから、先週かなるの家から帰るその足で、俺は恋人と会って別れ話をした。

 ひゅうひゅういう風の音がうるさい。かなるの声が聞こえない。
「……ごめんな、元気出るような話したる、って言うたのに、行けんで」
『いいよ、事故られる方が怖いもん。一日のんびりする時間ができて、よかったかも』
 無理してるのがわかる明るい声だった。
 こいつは見た目よりずっと寂しがりなんだ。夜中にひとりベランダで、声殺して無くような脆さもあるんだ。側にいてやりたいのに。
 好きやで、という言葉がこぼれてしまいそうになる。
 男と忘れてすぐのかなる。まだ落ち込んでいるところに、降って湧いたような俺の存在が、どの位置にいるのかわからない。こうやって会う約束をしたり、電話したりできるから、嫌われてはいない確信はあるけれど。

 先週も、抱き寄せたくなるのを、何度もこらえた。
 寝顔をはじめて見た。毎日でもこうしていたいと思った。
「来週埋め合わせするわ。なんか美味いモン食わしてな!」
『ぶらりグルメ旅、だもんね、ジンのツーリングって。宿泊費浮かせて、美味しいモノ食べて帰るといいよ。案内してあげるから』
 こんなふうに、二人の会話は微妙に噛み合わない。俺のメインは、どんな美味い飯よりも、かなるの部屋で二人で過ごす時間なのに。24時間話していられるなら、ピザでも茶漬けでも文句言わないのに。
 好きだと言ってしまいたい。いますぐ会いたいと。
 まだ早い、まだ早いぞと自分に言い聞かせて、今日公開の映画の話なんかをしている。耳元で低く笑うかなるの声を、外の雨音が邪魔する。
 七日前に隣に感じた体温が恋しくて、耐え切れずに目を閉じた。
 ため息をこらえて笑ってみせる。来週会う時間を夢のように待ちわびながら。


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(電波招来、小話)
 『電波招来』と『恋する唇』の間のオハナシ。

 夜中だというのに寝付けない。
 体は疲れているのに。たぶん脳みそだって、疲れてて休憩したいと求めているのに。
 感情が高ぶって眠れない。

 布団の中で丸まって、枕元の携帯を手にとる。
 目覚まし時計代わりのアラーム設定で、毎朝彼の声を聞いていた。
『朝やで、かなる! もう起きんとー』
 携帯で撮ったムービー。小さな液晶画面の中で、ジンはこちらに満面の笑みを浮かべていた。優しい笑顔と、声。彼はほんのイタズラ心で、こんな映像を送ってきたに違いない。それで、どれだけ自分が喜んだか、想像もしていないに違いない。

 眠れないからって、見るんじゃなかった。
(会いたいよ、ジン)
 みぞれ交じりの雨が窓を叩く。かすかな音に、寂しさは増幅される。涙が滲みそうになる。
 あと何日経てばあなたに会えるかな。きっとこんな夜中でも、電話したら出てくれるに違いない。でも、しない。メールも電話も。
 声を聞いたら、我慢できなくなるから。みっともなく、会いたいよぉと泣いてしまうだろうから。そしたら、彼はきっと困る。そのままバイクに飛び乗ってしまう可能性すら、ある。こんな雪が降りそうな夜に、そんな危ないマネはさせられない。第一、明日は平日だ。お互いに仕事がある。

 先週の記憶をたどった。ジンの声も匂いも、信号が変わったときに、咄嗟に握られた手の感触までも生々しく思い出す。
 会いたい、声が聞きたい、ぎゅっと抱きつきたい。
(好きだと、言ってしまいたい)
 携帯に浮かび上がる文字なんかじゃダメだ。電波に乗って届く声なんかじゃ、満たされない。
 ぎゅっと自分の体を抱きしめた。涙を堪える。好きになってしまったことを後悔しても、もう遅くて。

『どうしたら、私のものになってくれますか。』

 そんなメールを打って、送信ボタンは押せないまま、携帯を閉じた。胸に抱きしめた。嗚咽が漏れそうになる。
 会いたいのに、会うと苦しい。男友達だとは、もう思えない。それでも会いたいから、彼から『行ってもいいか?』と訊かれると、もちろんと答えてしまう。浮かれてしまう。そんな自分にイラだって、でも本音はやっぱり嬉しくて。
 電波だけで繋がってるのは、もう嫌だ。心細い。好きです、好きになって、私を。他の部分で、あなたと繋がりたいのに。

 こんな夜はきっと眠れない。涙が再現なく湧いてきては、耳元へと流れていく。
 佳成は小さな泣き声をもらして、携帯電話を開いた。小さな液晶画面の中で、ジンは相変わらずの笑顔を浮かべて『おはよう、かなる』と優しい声で囁いていた。

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(電波招来、小話)
 『電波招来』と『恋する唇』の間のオハナシ。
 


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